ラオスで京都を!ラジオと私。

七夕の夜。

JR「芦屋」で、乗客同士のトラブル。

駅員さん駆けつけて、男性を車内から降ろそうと。

「他のお客様にも、迷惑ですから、降りてください!」

それでも、動かぬスーツ姿の男性。動かぬJR。

 

あまりに、腹立ってきたんで、わたくし、、、、

「迷惑やわ〜〜〜〜!」と、

思わず声が出てしまいました。

そう、こんな時、声が通って、ええ声〜〜!

デカくなる私。車内に響き渡る〜〜!

 

やっと、駅員さん2人に降ろされた男性。

一緒にいた友人が、コソッと。

「テイ子さん、もういいからね。。。。」

 

ごめんなさいね。私の声も迷惑やった!

 

大阪は船場、伏見町の「ラオス料理のレストラン」へ。

ディープな七夕の夜。

ラオスが好きになる!
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実は、数十年ぶりの友人もいたりして。

KBS京都の「ハイヤング11」〜「ハイヤングKYOTO」時代の

ディレクター、スタッフ、レコード会社さん、お世話になった皆さんと集まりました。

あの時、中学生、高校生だったあの子も、この子も、

お子さま、奥さまを連れてのファミリーも。

 

パクチーがダメだった彼は、今や、フェラーリ何台持ってるん?

でも、昔からホントに、面白い優しい子でしたよ。

 

ビートルズ好きだった彼の息子さんは、立派な「撮り鉄」くん

もう、えらい面白い男の子になっている!

お父さんと知り合った年齢をはるかに越した。

 

カメラ好き、星好きが、今じゃ、明石天文台でボランティア活動の「星のおじさん」になってたり。

彼には、ずっと、ずっと助けられている。

 

レコード会社の方にも、スタジオで「たこ焼き」を焼いてくれたり

ボーイジョージのインタビューの時の、XX話が出たり。

お世話になりました。

 

話がつきない。お酒もつきない。

みんな、それぞれに、苦労などあったでしょうが、

笑って会えることの大切さ。

ほんまに、メチャクチャ、やってたわ。

みんなに、助けられていました。

私の大事な青春でもあり、この番組がなければ、私も無かった。

リスナーさんと共に、一緒に成長した番組だった。

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なんといっても、一番、変わっていたのが、当時のディレクターさん。

局を退職されて、起業され、今や、従業員100人の会社にされたって。

あと、彼は絶対に結婚は、しないと思っていたのに、されていました。

それも、年下、背の高い、べっぴんさんやわ〜〜〜!

 

あと、彼から聞いたのですが、当時の聴取率の驚きの高さ。

30%を越えていたって。信じられん。

まあ、独自の調査でしょうが、京都人の4人に一人は聴いていたのかと。

「ラジオが全ての情報だった」

とにかく日本で唯一、洋楽しか流さない深夜番組だったんです。

アイアンメイデンのメンバーもゲストで来た。

ほとんどの外タレさんは、来てくれました。

 

全てのレギュラーの仕事を辞めて、渡米。

 

あれから、数十年かあ。

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これから、ラジオは、どうなる?

私は、どうなる?

それは、Only GOD KNOWS 神のみぞ知る。

 

今を、ちゃんと、ちゃんと、、、、してたら、

どうにかなる。

 

この声を、どう生かす?

トーキング・ジャズシンガー?

それも、この先、どうなる?

 

まずは、日曜の特番を超えてから!

その後は、分からない。

でも、やるしかない。